日本経営学会賞

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事務連絡|2023年度日本経営学会賞 著書部門の募集期間の変更について


Introduction of award-winning works[2022]

2022年度日本経営学会賞(著書部門)
松尾健治『組織衰退のメカニズムー歴史活用がもたらす罠』(白桃書房)

● 受賞理由
 『組織衰退のメカニズム―歴史活用がもたらす罠』では、成功した経験を持つ組織が衰退する場合、なぜ、どのようにして衰退するのかという問題意識のもと、戦前に大きな成功を収めた企業である鐘紡を取り上げ、特に長期の衰退期間を含む戦後40年~50年の歴史的説明による事例研究を行い、組織衰退のメカニズムを明らかにしようとしている。本書では、組織の衰退を「組織内部の資源が一定の期間継続して減少する現象」と定義し、その衰退プロセスにおいて、副題「歴史活用がもたらす罠」に示されるように、レトリカル・ヒストリーの慣性によって高い希求水準が修正され難くなり、組織の活動の様々な側面に弊害をもたらすことを論じている。
 本書の構成の概要は序章で、上記のような問題意識および方法論が述べられ、第1章では成功した組織の衰退にかかわる既存研究のレビューがなされ、そこでの課題から必要となる方法論上の視点を提示する。第2章では、研究方法に関して、事例の選定の適切性を説き、歴史と理論の統合を試みるにあたり、批判的実在論の立場を採用するとしている。第3章では、鐘紡の略史を述べ、第4章では、鐘紡における衰退事象、その直接的原因が不適切な販売による粉飾であることを論じ、①なぜ鐘紡の事業は正規の方法では高い業績を上げることができなかったのか、②鐘紡ではどのような業績目標が掲げられていたのかという2つの課題を提示している。第5章では戦後から繊維不況までの事業展開、第6章では新規事業の合成繊維事業の失敗、第7章では新規事業の非繊維事業の失敗では、①を明らかにするために鐘紡がどのようにして不振に陥っていったのかについて論じている。第8章では、②を明らかにするために、業績目標の設定、業績目標の背景にあったビジョンの唱道について説明している。第9章では、事業が不振に陥っていくことや、不適切な販売が行われることに影響を与えた組織内の縦および横の関係性について論じている。
 終章では、衰退の因果メカニズムについて抽象的概念を用い、鐘紡の事例を再記述しながら、これまでの組織学習論に対して、いくつかの新たな理論的発見が提示されている。また、衰退事象の根底にある3つの生成メカニズムとして、「栄光の歴史を過剰に活用すること」、「成功の歴史から過剰に学習すること」、「失敗の歴史から過剰に学習すること」をあげ、Nietzscheを引用しながら、「過去についての解釈がある方向に過剰になることが問題」としている。加えて、これら3つの生成メカニズムの衰退事象を促す文脈的要因として、上下関係、並列関係の影響が指摘されている。
 本書は、批判的実在論にもとづく事例研究により、個別一回性の歴史的事例から理論的貢献を行う事を試みている。統計的研究や変数志向の事例研究で見過ごしてしまう、ある現象の後への影響や他の現象との関係も把握することを重視し、成功した経験を持つ組織が衰退した事例について、長期的かつ文脈と主観的解釈を十分考慮に入れた分析を行っている。
 事例研究のデータは、長期間にわたる鐘紡の有価証券報告書、社史等の社内各種資料をはじめとした各種文献の丹念な調査を行い、多くの図表を示すことによって論旨が明解になっている。また、1940年代から2000年代にかけて鐘紡に在籍した役員経験者、各管理部門、各事業部門等に在籍した28人延べ41回の6年間(2015年~2021年)にインタビュー調査を実施し、すでに存在しない企業であり失敗事例であるという意味でも、容易ではない調査であったことが推察できる。
 本書は、長期的な歴史的事例研究によって、組織における成功の罠、その後のアンラーニングと失敗からの学習、失敗の継続、失敗の罠が時間展開とともに生じる縦断的なメカニズムと一連のプロセスを可能にした様々な文脈的要因を明らかにした。以上のように、本書は経営学の理論研究と歴史研究の架橋が試みられた意欲的な著作といえる。
 ただし、経営学であることを前提とすれば、当然かもしれないが、先行研究について組織学習に偏り、歴史研究としてみた時、慎重に評価せざるを得ないところもあるものの、本書の学術的貢献は高く評価されるべきものである。日本経営学会賞の本賞を授与するに充分な価値を有しているものと判断される。

● 受賞挨拶

松尾健治

 この度は、栄えある日本経営学会賞(著書部門)を賜りましたこと、誠に有難く厚く御礼申し上げます。私などには過分な栄誉であり、望外の喜びです。ご多忙の中ご審査くださいました審査委員の先生方、ご推薦をいただきました先生方に心より御礼申し上げます。
 また、本書を形にすることができたのも、多くの方々のおかげです。これまでご指導あるいは学会等で貴重なご助言を頂いた先生方に改めて深謝申し上げます。また、研究過程では衰退事例の調査の難しさを痛感したことも多々ございました。インタビューや社内業務文書などの原資料収集にご協力いただいた方々に、深く感謝申し上げます。
 本書の目的は、成功した経験をもつ組織が衰退する場合、なぜ、どのようにして衰退するのか、を明らかにすることです。本書では、組織衰退に関して論じてきた主な研究群、つまり、組織エコロジー論、組織学習論、脅威・硬直パースペクティブ、アッパー・エシュロン理論の先行研究を取り上げて、批判的に検討しています。中でも、成功した経験をもつ組織の衰退については、組織学習論に立脚する成功の罠と関わるかたちで専ら説明されてきました。しかしながら、成功の罠に陥った結果、環境変化に際して大きく失敗したとしても、失敗から学習することもできるはずです。他方で、多くの失敗からの学習研究では、失敗から学習すれば成功することが所与の前提とされてきました。しかしながら、文脈次第では失敗から学習しても、それでもなお失敗して衰退してしまう場合もありうるでしょう。先行研究の多くには、長期的時間展開や文脈を十分に考慮していないという課題が見受けられました。
 本書では戦後における鐘紡の衰退を既存理論に対する逸脱事例として取り上げ、長期的時間展開や文脈を考慮に入れて分析を行うことで、成功した経験をもつ組織の衰退について見過ごされてきたメカニズムを見出すことを目指しました。そのために、既存理論から一旦離れて、歴史研究として事例分析・叙述を行い、長期的かつ複雑なメカニズムを明らかにすることを試みています。そのうえで終章では、改めて事例の内容を抽象的概念で再記述し、理論的発見を見出そうとしました。その際、歴史家が指摘してきたように、理論の中に叙述を埋め込むのではなく、叙述の中に理論を埋め込むことを心がけ、先行研究の検討で取り上げた諸概念にとどまらず、レトリカル・ヒストリー等の概念も追加しながら再記述を試みています。
 先述のとおり、本書は過去の経験と組織の衰退との関係について問い直したものですが、副題は、本書なりの答えのさわりをまとめて含意しようとして付けたものです。「歴史活用」は、レトリカル・ヒストリーを含むとともに、成功の経験からの学習と失敗の経験からの学習も併せて含意しています。経験から学習するということは、組織の過去についての解釈(歴史)を当事者が活用する営みでもあります。本書では、それらの歴史活用が何らかの罠をもたらし、組織衰退につながる場合のメカニズムを示そうとしています。
 とはいえ、本書の目的や試みが十分に果たされたとはいえず、課題も多く残されています。受賞を励みに引き続き努力していく所存です。今後とも皆様のご指導、ご鞭撻をいただければ幸いです。本当にありがとうございました。


2022年度日本経営学会賞(論文部門)
内田大輔・芦澤美智子・軽部大
「アクセラレーターによるスタートアップの育成―日本のアクセラレータープログラムに関する実証分析―」(『日本経営学会誌』第50号掲載)

● 受賞理由
 本論文の記述にあるとおり,2010年代初頭以降、日本では第4次ベンチャーブームとなり、スタートアップ企業の育成は、長期にわたって低迷する日本経済において重要なテーマであり、スタートアップ研究の充実は喫緊の課題である。
 本論文は、2000年代の米国で生まれたスタートアップを支援するアクセラレータープログラムを提供する主体であるアクセラレーターの日本におけるスタートアップの育成に関する役割を分析したものである。
 先行研究でふれているように、近年のアントレプレナーシップ研究において、起業エコシステムとスタートアップの関係性が重要となり、とりわけ本論文ではアクセラレーターの役割に注目する。アクセラレーターは、概ね3カ月程度の限定された期間にコホート単位(同時期に採択されたスタートアップ群)で支援するという点で、エンジェル投資家やインキュベーターとは異なる特徴を有しているとされる。
 本論文では、アクセラレーターの経験とスタートアップの育成の関係を資金調達額の変化から実証分析しており、初期のスタートアップの支援にはアクセラレーターの経験が資金調達額の増加に寄与しているものの、ある程度の資金調達を実現している後期のスタートアップの支援においては、資金調達を減額さえさせていることを明らかにしている。
 本論文において、先行研究がやや少ないとの指摘もできるが、それはそのままこの領域が新たな分野であることを示しており、スタートアップの育成に関して、特にアクセラレーターに取り組んだ意欲的な研究として非常に高く評価できる。
 「日本のアクセラレーターを体系的に分析した初めての論文」であり、論文の問題設定、実証の緻密さ、結論や実践への示唆という点で、きわめてレベルの高い議論を提供していると言える。日本経営学会賞論文部門を授与するに充分な価値を有しているものと判断される。

●受賞挨拶

内田大輔・芦澤美智子・軽部大

 この度は日本経営学会賞(論文部門)を授与していただき誠にありがとうございます.査読・選考をしてくださった先生方に心より感謝申し上げます.本研究は,多くの実務家・研究者とのつながりと支援のおかげで論文という形にまとめることができました.お世話になった皆様に厚くお礼を申し上げます.
 本研究は,アクセラレーターによるスタートアップの育成を実証的に分析し,その効果を解明することを試みた研究です.アクセラレーターとは,創業初期におけるスタートアップを支援する組織で,その起源は2005年に米国カリフォルニア州で設立されたY Combinatorにあります.日本で最初のアクセラレーターは,第4次ベンチャーブームに沸く中,2010年にデジタルガレージが一事業として設立したOpen Network Labでした.この意味で,アクセラレーターによるスタートアップの育成は,日本ではこの10年間で観察された経営現象になります.こうした新しい経営現象に注目した本研究に対して,一定の評価を与えていただき,幸甚に存じます.
 本研究を始めるに至った問題意識は,バブル崩壊以降,世界が成長する中で,日本の成長が止まっているという危機感にありました.新規創業を通じた事業創造は,既存企業による事業創造と並んで,経済発展の原動力であり,新規創業の担い手であるスタートアップの育成は,経済の活性化には欠かせません.それにもかかわらず,そうしたスタートアップの育成を担うアクセラレーターが,日本で十分に理解されているとは言い難い状況でした.そこで,日本のアクセラレーターによるスタートアップの育成を体系的に分析し,その可能性を議論することを試みたのが本研究になります.スタートアップは,財務情報を含む様々な情報の開示が義務付けられている上場企業とは異なり,体系的な分析に必要となるデータが公開されていなかったり,公開されていても容易に入手できなかったりします.そのような影響もあり,本研究では十分に検討することができなかった課題も多く残されています.本研究が一つのきっかけとなり,アクセラレーターやスタートアップに関する研究が蓄積されていくようになればこの上ない喜びです.


日本経営学会賞受賞一覧

▶ 著書部門

2022年度 松尾 健治
2021年度 藤岡豊 『⽣産技術システムの国際⽔平移転─トランスナショナル経営の実現に向けて─』(有斐閣)
2020年度
研究奨励賞
兒⽟公⼀郎 『業界⾰新のダイナミズム−デジタル化と写真ビジネスの変⾰』(⽩桃書房)
2019年度
研究奨励賞
松本 雄一 「実践共同体の学習」白桃書房
2018年度 高井 文子 『インターネットビジネスの競争戦略:オンライン証券の独自性の構築メカニズムと模倣の二面性』有斐閣
2017年度 宮尾 学 『製品開発と市場創造: 技術の社会的形成アプローチによる探求』白桃書房
2016年度 山田仁一郎 『大学発ベンチャーの組織化と出口戦略』中央経済社
2015年度 なし
2014年度 なし
2013年度 長山宗広 『日本的スピンオフ・ベンチャー創出論─ 新しい産業集積と実践コミュニティを事例とする実証研究─』同友館
2012年度 加藤俊彦 『技術システムの構造と革新─方法論的視座に基づく経営学の探究─』白桃書房
2011年度 なし
2010年度 なし
2009年度 李東浩 『中国の企業統治制度』中央経済社
2008年度 岩田智 『グローバル・イノベーションのマネジメント─日本企業の海外研究開発活動を中心として─』中央経済社
藤田誠 『企業評価の組織論的研究─ 経営資源と組織能力の測定─』中央経済社
2007年度 なし
2006年度 川上智子 『顧客志向の新製品開発─マーケティングと技術のインタフェイス─』有斐閣
2005年度 なし

 

▶論文部門

2022年度
内田大輔・
芦澤美智子・
軽部大
「アクセラレーターによるスタートアップの育成―日本のアクセラレータープログラムに関する実証分析―」(『日本経営学会誌』第 50 号掲載)
2021年度 平野恭平・
三井泉・
藤田順也
「経営学部創設期の「落書き」による学生たちの心性史試論-神戸大学附属図書館蔵書を一例として」(『日本経営学会誌』第48号掲載)
2021年度
研究奨励賞
林侑輝 「逆境期における長寿企業の生存戦略-倒産企業との比較分析に基づく類型化」(『日本経営学会誌』第47号掲載)
2020年度
研究奨励賞
柴野良美 「組織⽂化が企業不正に与える影響−企業理念のテキストマイニングを⽤いた定量的実証研究」(『日本経営学会誌』第 45 号掲載)
2019年度 林祥平・
森永雄太・
佐藤佑樹・
島貫智行
「職場のダイバーシティが協力志向的モチベーションを向上させるメカニズム」
2018年度 加藤崇徳 「技術多角化と技術の時間軸」(『日本経営学会誌』第 38 号掲載)
2017年度 なし
2016年度 西岡由美 「契約社員の人事管理と基幹労働力化―基盤システムと賃金管理の二つの側面から―」(『日本経営学会誌』第36号掲載)

2015年以前の対象は45才以下の会員による執筆論文
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